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エヴァンゲリオンとわたし

昨日は河津桜を見に行きました。
そして人ごみにもまれて脳的体調を崩してました。

それはいいとして、長距離ドライブだったのでエヴァサントラを流しっぱなしで
ドライブしていたのですが、
ヤシマ作戦のBGMがかかっているときに、道の悪いところや
狭い路地を走るとテンション上がり過ぎます。

エヴァはオンタイムでは見ていなくて(興味がなくて)
それこそ10年越しで興味が出て見に行ったのが
新劇場版でありました。
もう、興味がなかった10代の私を恥じるよ本当にね!

今や(パチンコによって)一般的な知名度もあがりましたが
大人になってからハマることの利点をみつけました。
キャラ萌えよりも世界観にハマることです。

若いころはキャラ萌えに走って他の作品はいろいろとどっぷりハマっていましたが
大人になってからハマると、作者の意図、作品の中で出てくる作者のこだわりなどが
キャラ萌えよりも先に目に止り、作者、監督のパーソナリティに
触れられるような想い、そして人に会うような感覚で鑑賞するようになりました。


どこかで聞いたことがありますが、表現者にとって作品とは
自分自身であり、自分の恥部であると。
エロ漫画なんかは、もろに自分の性癖が出るわけですが、
そうじゃない、エロくない作品には、自分のこだわりやそれの裏にある
弱さが出てしまうわけで、表現する=自分をさらけ出すというのは
自分を認めてほしいという気持ちとともに、すべてを見られている感覚なのだろうと
思います。
だから、すべてさらけ出している作品には情熱を感じるし、真剣に向き合える。
受けたい為に作った作品は、人によってはバレてしまう。


何も纏わない表現は、見抜かれた時の恥ずかしさとともに
理解されたい、分かち合いたいという切実な願望も孕んでるんだろうなあ。

理解できないような意欲作であっても、その意図をくみ取れるような
感受性を持てるようになりたいです。
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